「うわ、久しぶり!!」
仕事の帰り道、街中でバッタリ会ったのは、実に10年ぶりの友人でした。 懐かしさのあまり思わず大きな声で話しかけ、再会を喜び合った…そこまでは完璧な流れだったのです。
「今何してるん?」 「最近どう?」
そこから探るように世間話を始めてみたものの、どういうわけか会話のテンポが噛み合わない。 お互いに笑ってはいるけれど、どこかぎこちなく、沈黙を埋めるような浅いやりとり。あの頃は息をするように喋れていたはずなのに、なんとも言えない「気まずい空気」が二人の間に流れてしまいました。
別れた帰り道、「自分、なんであんなに人見知りっぽくなっちゃったんだろう…」と、一人で不完全燃焼な反省会を開くことになりました。みなさんも、こんな経験ありませんか?
なぜ、あの頃のように喋れないのか?
「自分がうまく話せなかったから」と落ち込んでいましたが、後からじっくり考えてみると、これは決して会話下手になったからではない気がしてきたのです。
あんなに仲が良かった友達と気まずくなってしまう理由。そこには、大人ならではのいくつかの背景がありました。
① 生きている「前提」が変わったから
学生時代は、同じ学校、同じクラス、共通の友人という「巨大な前提」を共有していました。 しかし10年という歳月は、お互いの仕事、生活リズム、関心ごとを大きく変えます。共通の「前提」がゼロになった状態では、会話のスタートラインを探すだけでも一苦労なのです。
② 「遠慮というバリア」が働くから
大人になったからこそ、「今どこに住んでるの?」「仕事は何してるの?」「結婚は?」といった何気ない質問すら、相手のプライベートに踏み込みすぎないか無意識に探ってしまいます。 この「思いやりゆえの遠慮」が、会話を慎重にさせ、あの独特の間合いを生み出していたのだと思います。
③ 「10年前の記憶」で話そうとするから
自分の頭の中にいるのは「10年前の彼(彼女)」です。でも目の前にいるのは、この10年間でさまざまな経験を重ねてきた「今の彼(彼女)」。 記憶のアップデートが追いつかないまま会話をしようとするから、どこか噛み合わないズレが生じてしまうのです。
変わってしまったのではなく、重ねてきた
会話が続かなかったことを「価値観が合わなくなった」とか「友情が薄れた」と寂しく捉える必要はありません。
あの気まずい空気は、お互いがそれぞれの場所で、一生懸命に10年という月日を生き抜いてきた証拠そのものです。
立ち止まって大きな声で「久しぶり!」と言い合えたこと。 それだけで、あの頃の友情は今もちゃんと根底にあるのだと感じます。
無理に昔みたいに盛り上がろうとしなくても大丈夫。
「お互い、元気に大人になれて良かったな」
そうやって心の中でそっとエールを送り合えれば、あの数分間の再会は、それだけで十分に温かく素敵な「道草」だったのかもしれません。


コメント