「あ、2円高かった……」
ガソリンを入れようと思いながら車を走らせていたときのことです。 通り過ぎたスタンドを横目に「次の場所で入れればいっか」と入ったスタンドが、さっきの場所よりリッターあたり2円高くなっていることに気づきました。
「わざわざUターンして戻るのも面倒だし、数10円の差ならもうここで入れちゃおう」
そうやって給油ノズルを握りながら、「損したような、でも時間を買ったような」不思議な気持ちになります。
ただ、これには自分なりの限度があります。 先日、県をまたいで車を走らせていたときのこと。県境を越えた途端、さっきまで見ていたガソリン価格より一気に10円も高くなっていたのです。
「いやいや、さすがに10円差はアカン!」と、2円のときは大目に見えたはずの私も、さすがにその時は後方に気をつけながらサッと引き返しました(笑)。
「2円なら手間(時間)を取る」「10円なら流石に引き返す」「どうしても今入れるなら1,000円分だけ」。 みなさんも、こんな風に「もったいない」と「割り切り」の間で自分なりのラインを持っていたりしませんか?
「いやいや食べる」くらいなら、楽しむ工夫を
「もったいない」といえば、食べ物でもよく同じような葛藤が生まれます。
たとえば、食パンの耳。 残してしまうのはもったいないけれど、だからといってモサモサと「いやいや食べる」のは、なんだか食事が義務のようになって味気ないですよね。
同じ「食べる」という行動でも、
- 「勿体ないから仕方なく食べる」
- 「カリカリのラスクにしたり、フレンチトーストにして楽しく食べる」
このふたつでは、心に残る満足感がまったく違います。
食べ物を粗末にしない姿勢は大切ですが、自分の機嫌を損ねてまで食べるのは、ある意味「自分の大切な時間のほうがもったいない」のかもしれません。
「目先の損」と「心の快適さ」のバランス
ガソリン代の話に戻ると、数円の差額を気にして毎回遠回りやUターンをすれば、確かに数十円は得をするかもしれません。
けれど、そのために費やす「時間」や「運転のストレス」を天秤にかけたとき、私は「2円差くらいなら、サクッと入れて気持ちよく目的地に向かう」ことを選びます。
損をしないことばかりに捉われると、知らず知らずのうちに自分の時間やエネルギーを消費してしまう。 だからこそ、「2円の損は時間を買ったと思う」「でも10円の損はちゃんと引き返す」というような、自分の機嫌と損得のバランスが取れる境界線を持っておくことが、日常をストレスなく過ごすコツなのだと思います。
完璧な「得」より、心地よい「ほどほど」を
人生、何から何まで100%得をして要領よく生きることはできません。
時には県境のガソリン価格に驚いて引き返したり、「パンの耳をどう美味しく食べようか」とキッチンで実験してみたり。
理屈通りの最高効率を目指すよりも、自分の感情や時間を大切にしながら「まあ、このくらいでいっか」と笑える「ほどほど」のラインを探していく。
そんな風に「もったいない」と上手に付き合っていくことこそが、毎日の暮らしをちょっと豊かにしてくれるのかもしれません。


コメント